9(遭 難)
わたしが落選した選挙前のもうひとつの事件をご紹介しておかなければなりません。
わたしの同僚で親友の光本氏が選挙の1年前に穂高で遭難したことです。これはわたしにとって晴天の霹靂でした。
正月休みが明けても彼が帰って来ないのです。彼が遭難をした日のことですが、わたしは高松稲荷に年賀の参拝に出か
けていました。帰りがけに、あやうく難は逃れましたが、大事故に遭遇しかけました。妻と “なにかの知らせだよ、これは”
と話したのを覚えていますが、“虫の知らせ”ってやっぱりあるのですねえ。
“遭難”の報が入り、民商はテンヤワンヤでした。「救助に行かねばならない!」
アルプス登山組を含む勤労者山岳会のメンバーが旅費だけで救助に出向いてくれることになりました。救助隊の現地
依頼は費用の面でとてもできそうにないと思っていたので本当に助かりました。わたしなどは現地に行っても足手まといに
なるだけですから、岡山に残ってお金の工面をするのが第一義の仕事でした。
合計約8百万円近くの募金が寄せられました。いまから30年ほど前のことですからその金額の大きさと、そのためのみ
んなの努力は言い表しようのないほどのものでした。
現地から連絡が入りました。「ヘリコプターを出したいのですが?一回百万円です」
「エッ!」の声を腹に飲み込んで、「必要なことは全部やってください。おまかせします。ご苦労様です」と答えました。
ヘリコプターは2度出しましたが、天候が悪く、結局役にたちませんでした。わたしは空を睨みつけていました。
冬の空は鈍く、灰色でした。そして、わたしたちは最悪の事態を迎えることとなったのです。
「木村さんが遭難しました!」光本氏を救出に出かけてくれた山岳会の木村氏が遭難したというのです。
わたしは言葉を失いました。「二次遭難!」考えもしなかった結果です。
「どうしよう」かけがえのない活動家を二人も。
「光本も、木村も助からない・・・・・」
つづく