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今月読んだ本 2013.07.31
秋月達郎
「奇蹟の村の奇蹟の響き」
あさのあつこ
「ガールズ・ストーリー〜おいち不思議がたり〜」「桜舞う〜おいち不思議がたり〜」
「弥勒の月」「夜叉桜」「木練柿(こねりがき)」「東雲の途(みち)」
鯨統一郎
「金閣寺の密室(ひそかむろ)」
三上延
「ビルリア古書堂の事件手帖3〜栞子さんと消えない絆〜」
古屋晋一
「ピアニストの脳を科学する〜超絶技巧のメカニズム〜」

今月は沢山本を読みました。(その分、編物ができなかった)  あさのあつこさんの「弥勒の月」シリーズがとても面白かったので、来月レビューを書きます。


「奇蹟の村の奇蹟の響き」秋月達郎 2013.07.25

史実に基づく小説。 ベートーベン「交響曲第九番歓喜の歌」が日本で初めて演奏された徳島県板野郡板東町(現・徳島県鳴門市)とその時代が舞台。

坂東には第一次世界大戦で俘虜となったドイツ兵を収容する坂東俘虜収容所があった。 所長の松江豊寿、その補佐の高木繁は、ドイツ兵に対して最大限の配慮を行っており、俘虜たちの自活や商業活動、文化活動、などを推進していた。 青島民政長官だったオットー・ギュンターが坂東俘虜収容所に収容された際には、歓迎のため、俘虜たちによるオーケストラがベートーベン交響曲第9番の日本初演を行った。 その演奏は非公開のものだったが、裏山でこっそり聴いていた音楽愛好家たちが演奏に感動し、俘虜の音楽家たちに指導を請い、楽器演奏を習い、指導者の名を取ってエンゲル楽団と名乗る。 俘虜たちが解放された際には、エンゲル楽団は俘虜らに教わったクラシック演奏で見送ったのだった。―――

小説では、俥夫の岩下松五郎と豪商の娘である稲垣八重という人物が登場します。 この二人を中心に、ドイツ兵と徳島の人々が徐々に親しくなり、打ち解けていく様子が生き生きと描かれています。 松五郎は、青島での対ドイツ戦線に従軍した体験からドイツ嫌いなのですが、松江所長が赴任した初日に俥に乗せたのをきっかけに松江と親しくなり、その後も松江の頼みを断れずに収容所の様々な事業の手伝いをするようになります。 ドイツ兵たちと一緒に汗水たらして作業をするため、ドイツ兵嫌いの松五郎も次第に彼らと打ち解け、仲良くなっていきます。 俘虜たちが解放され坂東を離れた後も、松五郎は収容所で亡くなったドイツ兵の慰霊碑の世話をするために坂東に残ります。

俘虜収容所という特殊な環境、登場人物のそれぞれの個性、次第に育まれる友情、音楽への憧憬と感動、等々が丁寧に書き込まれています。 特に、青島での戦線で耳にした西洋音楽の一節が耳から離れず、ドイツを嫌いながらも西洋音楽への憧憬を心の奥底に潜めていた松五郎の複雑な気持ちは、行間からも語りかけるものがありました。

この本を手に取ったのは、全くの偶然からでした。 そもそもはあさのあつこさんの小説目当てで図書館に行ったんです。 あさのあつこさんの本は書棚の一番下にあり、暫く物色した後に立ちあがって腰を伸ばした瞬間に、この本が目に入りました。 見たことの無いタイトルと著者でしたが、タイトルを見た瞬間に第9日本初演の話だと直感しました。

といっても第9日本初演の話は刺身のつまで、タイトルの「奇蹟の響き」はドイツ兵に教えを乞うて成立したエンゲル楽団を指しています。

図書館で読み始めた途端に小説の世界にぐいぐいと引き込まれ、もう、泣きながら&洟をかみながら読みました。 公共の場で恥かしいなんて思ってる暇は無かったです。 しかし、バッグに入れていたティッシュが2枚しか無かった! 途中でティッシュが足りなくなり、お手洗いに駆け込んで洟をかむ始末。 ティッシュ無しでは図書館で読み続けることができないため、借りて帰って続きを読んだのでした。

とにかく面白いです。オススメ!


「桜舞う〜おいち不思議がたり〜」あさのあつこ 2013.07.23

ガールズ・ストーリーの続編、というかシリーズ第2段。

おいちの親友、おふねとお松。 誰よりも大切な友達だったが、おふねが死産が元で亡くなってしまう。 大店の娘でねんねだったおふねがいつの間に身ごもったのか。 亡くなる一か月ほど前におふねがおいちを訪ねてきたことがあったが、急患が入り、話を聞く間もなかった。 おいちの夢には桜舞う中に佇むおふねが出てきて「おいちちゃん、ごめん」「おいちちゃん、助けて」といって泣く。―――

これも面白くて、一気読みしました。

おいちとおふねとお松。 個性の異なる3人の娘たちの厚い友情に胸が熱くなりました。 手習いに通っていた子供の頃とは違って、会うことも少なくなってきたけれど、お互いを理解し合い、思い合い、助け合えるような心からの友情は続いています。 彼女たちをとても羨ましく思いました。 この小説こそ「ガールズ・ストーリー」と題するべきだったんじゃないかな。

前作の謎が2つ、この続編で明かされます。 お抱え医師目前だった父が貧乏町医者に転身した訳と、おいちの出生の謎。 定石通りな展開ではありますが、それでもストーリーに引き込まれて読み進みました。

年が明けると17歳になるおいちは、伯母のおうたに心配されながらも医者の道を目指す気満々です。 でも、そんなおいちにも気になる男性が現れます。 医者見習いの田澄十斗、飾職人の新吉、どちらに心惹かれているのか微妙な表現です。 まあ、最後には方向が定まるのですが。

伯母のおうたは、可愛いおいちが医者を志すことによって余計な苦労を背負い込むことを心から心配しています。 女が男社会に踏み込むことは、ひとかたならぬ苦労の連続であることが目に見えています。 それよりも、余裕のある家に嫁に行って子を産んで、普通の女の幸せを味わってほしい。 そう願いながらも、おいちのまっすぐな気持ちを止めることはできない、とわかってもいます。 親の愛情というのは、こういうものなんでしょうね。


「ガールズ・ストーリー〜おいち不思議がたり〜」あさのあつこ 2013.07.21

ガールズ・ストーリーというタイトルで現代小説と思って手に取ったら、時代小説でした。

おいちは貧乏長屋住まいの医者の娘で16歳。 父のような医者になりたいとまっすぐな気持ちで父の手伝いに励んでいる。 彼女は、病に苦しんでいる人の姿を夢に「視る」不思議な能力の持ち主でもあり、病人の姿が視えるとすぐに患者が運ばれてくる準備をするのが常であった。 それが、今回は視えた女がやってこない。 不思議に思っている内、父を訪ねてやってきた縁談話の相手の背中に苦しんでいた女の姿が浮かんだ。 おいちは、縁談話の相手、生薬屋「鵜野屋」の若旦那直介の背後に視える女の姿が忘れられず、その女が誰で何を自分に訴えようとしているのかを突き止めようと、岡っ引きの仙五郎に頼んで「鵜野屋」の内情を探ってもらうのだった。―――

面白くて、一気に読みました。 おいちのまっすぐな気持ちが好き。 おいちの父からも、亡くなった母に代わっておいちを可愛がってくれる伯母のおうたからも、おいちを思う気持ちがよく伝わってきます。 逆もまたしかり。

おいちの夢と仙五郎の再調査によって、事件の謎は一応解決します。 夢の中で女が話した真実は、哀れとしかいいようがありません。 とはいえ、おいちが夢に視なければわからなかった事柄であり、夢が真実なのかどうかは不確かです。 でも、真実であってほしいと願います。

名誉欲・金銭欲、男女関係、など、時代は変わっても犯罪の根は不変ですね。


「ピアニストの脳を科学する〜超絶技巧のメカニズム〜」古屋晋一 2013.07.19

著者は工学・医学の道に進みながらも一時期はピアニストを夢見たほどのピアノ好きで、音楽家として発想し研究者として探究する音楽演奏科学者。 そんな著者がピアノ演奏の練習法によって脳や身体はどう変わるのか、職業病発症の仕組み、など、音楽をするということは脳と体から見るとどのような営みなのかを解き明かした一冊。

第1章:超絶技巧を可能にする脳
第2章:音を動きに変換するしくみ
第3章:音楽家の耳
第4章:楽譜を読み、記憶する脳
第5章:ピアニストの故障
第6章:ピアニストの省エネ術
第7章:超絶技巧を支える運動技能
第8章:感動を生み出す演奏
 

いやー、読んでいて面白かったです。 脳って凄いですね。 というか、鍛えられた脳が凄いというか。 そして、ピアニストの鍛え上げられた身体反応の凄さにも驚きました。 ピアニストは、脳も神経も筋肉も、省エネしながら演奏することができるように(訓練によって)洗練されているんだそうです。 それによって、とても速い指の動き、長時間の演奏に耐える力、豊かな表現力、などが可能になるんだそうです。 同じ動作をするのでも、素人とピアニストでは筋肉の動き方や使う筋肉が違うという件はとても興味深い内容でした。

第4章の暗譜の仕組みも興味深かった。 音楽家は、耳から覚えた情報の一部を蓄えるために、視覚野の神経細胞を活用しているんだそうです。 言い換えると、音を画像として覚えることによって、優れた記憶力を実現しているんだそうです。 また、和声や対位法といった音楽の文法知識によって、複数の音やリズムを一つのグループとして記憶するなど、楽譜の情報を圧縮して覚えることができるんだそうです。 ピアニストはどうやってあの音符の洪水を覚えることができるんだろうかと常々疑問に思っていましたが、そこには鍛え抜かれたテクニックがあったのですね。

ピアノ演奏を取り上げた研究ですが、他の楽器演奏にも通じるところがあります。 演奏好きな方にぜひ読んでいただきたい一冊です。

一番参考になった記述は「イメージトレーニングを行うだけでも、指を動かす神経細胞の働きが向上する」という箇所です。 練習する時間を取りにくいアマチュア奏者には嬉しい一言です。


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