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今月読んだ本 2012.05.31
篠田節子
「Χωρα(ホーラ)―死都―」「秋の花火」
「神鳥(イビス)」「廃院のミカエル」「逃避行」
中山七里
「要介護探偵の事件簿」
藤田宜永
「壁画修復師」
リサ・マリー・ライス
「閉ざされた夜の向こうに」


「秋の花火」篠田節子 2012.05.31

5編を収めた短編集です。

読後感のよい「観覧車」、内なるメフィストと戦い続けるソリストを描いた「ソリスト」、救いのない「灯油のつきるとき」、皮肉な「戦争の鴨たち」、尊敬できないが愛すべき音楽家の人生の終焉を描いた「秋の花火」。

それぞれに異なる人生が描かれていて、短編とはいえ、それぞれの人生にぐいぐい引き込まれました。 特に「灯油のつきるとき」の結末は今も日本のどこかで起きているだろうことで、その救われなさにやるせない思いがします。


「Χωρα(ホーラ)―死都―」篠田節子 2012.05.25

Χωρα(ホーラ)とは、ギリシャ語で「地域の中心の町」という意味だそうです。 小説の中では、昔栄えた町の廃墟として登場します。

ヴァイオリニストの亜紀は、互いに家庭がありながら聡史と十数年も不倫関係を持っている。 聡史は沈没船から見つかったというヴァイオリンを旅先のロンドンで亜紀にプレゼントするが、その楽器は糸巻部分が女性の顔をしており、呪われたヴァイオリン、チェリーニを思わせる。 聡史はその女性の顔が亜紀に似ていると思ったことからプレゼントすることにしたのだ。 亜紀は自分に似ているとは思えないものの、聡史の気持ちが嬉しく、自分の技量には物足りないヴァイオリンを受け取る。 亜紀と聡史はヴァイオリンを持ってギリシャのパナリア島に向かい、そこでホーラの教会に迷い込んだ。 亜紀はホーラが栄えた当時の幻想と女性の姿を見、掌に聖痕の血が流れる。 贋作者である無名の職人が作ったそのヴァイオリンは、彼の唯一かつ最後の真作作品として作られたものが長らくホテルの地下に保管されていたもので、亜紀はそのヴァイオリンにパナリア島へ呼ばれたのだった。―――

小説はとてもおもしろかったです。 聡史との結末にも納得がいきました。 なぜキリスト教徒でもギリシャ正教徒でも無い亜紀がパナリア島へ呼ばれたのか、なぜ亜紀がホーラの想念の檻を解き放つことができたのか、最初はわかりませんでした。 チェリーニもどきのヴァイオリンとたまたま巡り合った亜紀が、このヴァイオリンを弾きこなすのに必要以上な技量を持ったヴァイオリニストだったから。 そして、亜紀もまた想念の檻に閉じ込められた奏者だったからこそ、自分をも含めた解放に至ることができたのだと思います。


「閉ざされた夜の向こうに」リサ・マリー・ライス 2012.05.24

ハラハラドキドキのラブ・サスペンスです。

主人公クレアは将来を嘱望された軍事分析官。 しかし、アフリカ某国の大使館勤務中に大使館が爆撃され、心身ともに深手を負う。 退職し第2の人生を送るクレアがTVニュースで見たものは、記憶の片隅に残る男性、ダン。 失った記憶を取り戻すためクレアはダンの元を訪れるが、その際のある行動をきっかけにクレアは何者かに命を狙われ始める―――

ここ数年流行りの米海兵隊員モノです。 元海兵隊員が美女を守るという構図は典型パターンですが、守られるべき美女が頭脳明晰な軍事分析官で戦略立案は彼女の担当というのは新しいスタイルです。 ロマンスものもここまできたか〜とビックリです。 今の女性は強いですね。

逞しいヒーローに肩と首と背中をマッサージしてもらえたらどんなに気持ちよかろうかと妄想する私は、ヒーローの使い道を間違えているでしょうか?


「要介護探偵の事件簿」中山七里 2012.05.16

「さよならドビュッシー」の主人公遥の祖父、香月玄太郎が探偵役を務める短編集です。 「さよならドビュッシー」の探偵役、岬洋介も登場します。

時期的には、玄太郎が要介護状態になったところから火事で亡くなる前夜まで。 車椅子の身になろうとも、達者な頭と口とで大活躍! 己を曲げない玄太郎節が痛快です。 とても魅力的なキャラクターです。


「スターバト・マーテル」篠田節子 2012.05.01

「スターバト・マーテル Stabat Mater(悲しみの聖母)」をモチーフに取り上げた中編。 この小説は、彩子と光洋という中年男女の悲恋を描いたもの。 光洋はわが子の死を悼んでStabat Materを車の中で聴いているのだが、彩子はそんなこととは知らず、ただ、Stabat Materに耳を傾ける光洋に自分と共通するものを感じる。 Stabat Materは一つのエピソードとして登場するだけなのですが、Stabat Materの悲哀が小説全体を覆っているような印象が残りました。

Stabat Materは中世の聖歌の一つで、イエスが磔刑になった時に聖母マリアの受けた悲しみを慮る詩です。 多数の作曲家がこの詩に曲をつけていますが、この作品では最高傑作といわれるペルゴレージのStabat Materが登場します。 ペルゴレージは死の床でこの曲を作曲し、弱冠26歳で結核で死去したのだそうです。 ペルゴレージ自身の夭折が、Stabat Materの悲哀を高めています。

私はドヴォルザークのStabat Materしか聴いたことが無かったので、YouTubeでペルゴレージのStabat Materを探して聴いてみました。 胸を打つ、とても美しい曲でした。 どこかさらっとしているようで、それでいて激情を秘めている。 ストーリー展開と彩子の死生観とに相通じるものをこの曲に感じました。

ペルゴレージのStabat Mater(全編:41分)

ペルゴレージのStabat Mater(最初と最後のみ:4分32秒)

Stabat Materの詩と対訳


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