メリークリスマス限定(12/15〜12/31):フリー配布イラスト

【捨て麒麟拾って下さい】

報告は不要です。お持ち帰り下さい。ただし、改造、直リンは勘弁。

【メリークリスマス】


ドカドカと足音高く、廊下を爆走する音に、景麒は眉をひそめた。この、金波宮で、このように、無体な振る舞いをされる方は、後にも先にも、あの方しかおられないからだ。
足音が、どんどん近くなる、次の角を曲がれば…
やはりそこに、‘あの方’が居られた。
金波宮の主その人が、後宮改革と称して、あらゆる規律、風紀を踏み倒して歩いているのだ。国が貧しいのに、装飾や儀礼なんぞに構っていられるかと、もっともらしいことは言うのであるが、只単に、無骨で礼儀作法がめんどくさいだけなのだ。
これには、隣国の猿王の影響も大だと、景麒はふんでいる。主従が悪しき風習に染まらぬようによりいっそう秩序を改めねば。
今日こそ一言、(景麒の一言は、普通、一般人での、千言ぐらいにあたるのだが)言い渡そうと、口を開きかけた景麒は、‘あの方’の姿を見て、絶句した。
なぜなら、‘あの方’は、深紅の包に、袖口に真っ白なファーをあしらった、それこそ、景麒にいわせれば、香具師な格好をされていたからだった。
瞬間、目の前の状況を本能的に拒絶して人事不省に陥った。

「主上、その、イカれた格好は…」
今にも、貧血で倒れんばかりのオーバーリアクションで景麒が、よろめいて見せた。
「どうだ、似合うだろう。六太くんに買ってきてもらった」
陽子は、袖口を掴むとクルリと一回転して見せた。
陽子も、すっかり打たれ強くなって、少々の嫌み攻撃では、応えない。景麒が眉間にしわを寄せて意見する事柄をいちいち聞き入れていたら、キリがないからだ。
『畜生、あのろくでなし台輔め』
陽子に、反省の色が、全く見て取れない景麒の怒りの矛先は、雁台輔に向かった。世間では、それを逆恨みという。

「景麒、転変しろ」
「なぜです」
「それは、今日がクリスマスだからだ」
「くりすます」
「なんだ、景麒は、クリスマスも知らんのか?いいか、クリスマスとはだな、蓬莱の天帝に、あたられる方の生誕日を国民総動員で祝賀する、大変ありがたい日だ」
パラパラと、広辞苑をめくり始める、景麒。入手先は言わずもがな。陽子とのカルチャーショックを少しでも、解消せんとて日々、地道な努力を重ねる景麒であった。
「クリスマスにはだな、親しい人に感謝の意を込めて贈答品を贈るのが習わしとなっている」
「それで、クリスマスと、私が転変する事になんの必然性があるのか説明してくれませんでしょうか」
「クリスマスと、言えば、サンタクロース、サンタクロースと言えば、赤鼻のトナカイ。この、両者は、王様と麒麟のように、2身1体となっているのだ」
「2身1体」
ここのフレーズに、いたく感銘を受ける景麒。
「と、いうことで、転変してもらおうか」
の、台詞に我にかえる景麒。
「いやです」
即答。
「勅令」
「例え、勅令だろうが嫌なモノは嫌です。そう言うのを職権の乱用と言うのです。王が誤った道を歩まれようとしているとき、身を挺して、お諫めするのも、我ら、麒麟の役割です」
『要するに、麒麟の姿をとるのが嫌なだけか』
いちいち、理論武装するからたちが悪い。
「では、お話は、これで終わりということで。それから、その、奇怪な服装で宮内を彷徨かないでいただきたい」
この不毛な会話に終止符を打つべく、景麒は陽子に背を向けた。
そして、陽子の口元が微かに歪んだのを、すでに背を向けた景麒はみとめることもなかった。
陽子が、景麒の官服を引っ張る。
「景麒」
「主上。もう、話し合うことは…」
「景麒、私は、ただ、プレゼントをもらって喜ぶみんなの顔が見たかっただけなんだ。だが、そのことで、景麒との関係が気まずくなるのは、私の本意ではない。すまない、今言ったことは、忘れてくれ」
少し寂しげに笑ってみせる。
「……………」
十二分に確信犯な陽子。
この、いかにもわざとらしい態度も、主上命の麒麟には、有効だったりするのだ。
王様の願いを聞き入れない麒麟なんぞ、この世に存在するわけがない。
まあ、隣のちゃらんぽらんな王様と麒麟は別だが。
あれは、あくまで、特異な例で、一般的な麒麟は、王様の喜ぶ笑顔を見るためなら何だってやれる気がする。
「う゛う…。今回だけですからね」
「ありがとう、景麒」
つくづく、甘いと思う。だが、陽子にこの思いが届いているのかどうか。景麒は自分の能面と、ボキャブラリーの貧困さを恨めしく思った。
いつだって、言葉が足りないことに後から気がつく。
景麒が、いささか、被害妄想気味になっているところに陽子が声をかけた。
「景麒、見ろ。雪だ」
窓の外を見上げると、鉛色の空から、白色の牡丹雪がハラハラと舞い落ちてきていた。
「雪ですね」
「メリークリスマス。景麒。はい、メリークリスマスと復唱」
「めりいくりすます。主上」
やけくそ気味に、たどたどしく異国の言葉を景麒が叫んだ。