【壬生屋は可愛いか?可愛くないか?】

プレハブ校舎の屋根の上に、人影が1つ。
白い胴衣に、赤い袴。場違いな服装の人物が膝を抱えて、トタンの上にしゃがみ込んでいた。
「はぁ〜」
でかい、ため息が1つ。
壬生屋は落ち込んでいた。
毎度毎度の事ながら、先日の戦闘で特攻したあげく。幻獣にぼこられ、完膚無きまでに叩きのめされたのだった。当然、士魂号は、廃棄処理寸前。搭乗者が無事だったのが不思議だったぐらいなのだ。
善行司令に延々と説教をくらい。反省レポートをA4十枚は書き上げ。
整備主任の原には、チクチクと嫌みの嵐。整備員の壬生屋を見る目もいおうなしに冷たい。
関係者全員に謝罪して回ったが、みんな、気にするな、と言いつつも、目が笑ってない。
申し訳なさのあまり、少しでも修理を手伝おうとハンガーでうろうろしていたら、あっさり、邪魔だからと、追い出されてしまった。
これには、さすがの壬生屋も滅入ってしまった。
頭に血が上ると回りが見えなくなるのだ。
おまけに、壬生屋は引くということを知らない。
壬生屋家の家訓。
−敵に背中を見せるな−
−武士道とは死ぬことと思え−
今時、時代錯誤な祖父に厳格に仕付けられてしまった結果がこれである。
「はぁ〜」
ため息再び。
と、
屋上に干してある、白い洗濯物のすき間から、のっそりと男が顔を覗かせた。
「うるさい」
「せ、瀬戸口さん?ん、な、なんで、そんなとこにいるんです」
「俺が、気持ちよく昼寝していたら、お前さんがやってきて、ウダウダぼやいてるから、鬱陶しいことこの上ない」
壬生屋はあわてて、胴衣の袖口で目尻をこすった。みっともない顔を見られたくなかった。
「授業サボってる人に言われたくありません」
「サボりは同じだろ」
「そうですが…」
瀬戸口は壬生屋の隣に来ると、よっこらしょと座り込んだ。胸ポケットから、タバコを取り出し、口にくわえた。ライターで火をつける。
その様子を、いぶかしげに壬生屋は眺めている。
この戦時下において、あらゆる物品が著しく貧窮している。タバコは貴重品として軍から僅かばかりに配給される程度だ。一体どうやって手に入れているモノやら。
そう言えば、岩田が、大事げに鉢植えの植物を抱えていたことがあった。鉢植えサボテンも…おまけに、キノコまで…
曰く、花を愛する人に悪人はいないと。
壬生屋は、深く聞かない方が懸命だと判断した。
あやしげな、銘柄のタバコをくわえ、深く煙を吐いた。白い煙がたなびく。
「壬生屋もどう?」
瀬戸口がタバコを差し出す。
「いりません」
「だよな」
壬生屋は、分かっているなら聞くなと言いたくなった。
「お子さまにはこっちがお似合いかな」
瀬戸口が制服の上着をゴソゴソとあさる。
瀬戸口が何か包みを投げてよこした。壬生屋は反射的にそれを受け取った。
リボンをかけ可愛くラッピングされた紙袋。
「??クッキー」
「昨日、バンビちゃんにもらった。あいにく、俺は甘いモノ苦手だから。お前さんにやるよ」
「優しくしないで下さい。甘えたくなりますから」
「甘えれば良いよ」
さりげなく呟く。
とたん、ギョッとした顔で壬生屋が瀬戸口を振り返った。そのまま、疑惑に満ちた眼差しで瀬戸口を見つめる。
「…熱でも、あるのですか?今丁度風邪が流行っていますし。それとも、お昼に何か悪いモノでも食べられたとか?」
あくまで、真剣な表情で問われて、思わず瀬戸口は苦笑した。随分な言われようじゃないかと。
「可愛くない女だな」
「どうせわたくしは、可愛くありません。思いこみが激しくて、カッとなりやすくて、人の言うことを聞かないで、暴力的で、勘違いで、おまけに世間知らずで、騙されやすくて、単純で」
壬生屋は、瀬戸口の言葉に意気込んで、まくし立てた。
「…そこまで、言ってないだろ…ホントに可愛くないな…」
「どうせ、可愛くありません」
「確かに、可愛くない」
その通りだとばかり、ウンウンと瀬戸口が頷く。
「そんなに、可愛くありませんか?」
壬生屋の声のトーンが落ちる。瀬戸口の顔色を伺うように尋ねる。
「可愛くない」
あっさり、きっぱり断言する。
「はっきり言わないで下さい。自分でも、よく分かっています」
居直る壬生屋。
「勝手に、自己完結しなさんな。そんなところが可愛くないんでしょ。ちょっとは、人の話を聞いたらどうだ」
「う゛ぅ…」
ぐうの音も出ない壬生屋。
「大体、お前さんは、状況判断がまるでなってないよ。馬鹿の1つ覚えよろしく、太刀1つで、特攻、特攻。特攻しか能がないのか。おまけに、最悪な事に頭に血が上ると指示を聞かなくなるしな」
「……………」
「回りをよく見ろ、一人で戦ってんじゃない。特攻するな。人の話を聞け。それから、人のプライベートに口出しするな。バンビちゃんに抱きつくたびに、刀を振り回すな」
最後の方は、話の筋と関係ないものだが、興奮した壬生屋は聞いていなかった。
「そ、そこまでいわなくってもいいじゃありませんか」
半泣きの声。
「うるさい、負け犬に人権なんぞ存在しない」
「ま、負け犬〜」
とたん、壬生屋の声が裏返る。
「ああ、負け犬だ。惨めで、無様な負け犬だ」
「…負け…い、犬」
どもる壬生屋。
「負け犬、負け犬、負け犬、負け犬、負け犬」
ここぞとばかり、傷口に塩を塗るように瀬戸口が連呼した。
壬生屋の顔が見る見る赤くなる。髪が怒気をはらんで、膨らんでいく。
ワナワナと体をふるわせながら、壬生屋は立ち上がった。
「瀬戸口さんの馬鹿〜」
壬生屋が、瀬戸口の耳元で思いっきり大声で怒鳴った。
鼓膜が破れるかと思うほどの衝撃に瀬戸口は耳を押さえる。
「見てなさい。今にその顔に吼え面かかせて差し上げます」
瀬戸口に向かってビッシと指を突きつける。
そして、クルリと背を向けると鬼神の如く豪速で駈けだした。
「あ〜精々がんばんなさいよ。壬生屋ちゃ〜ん」
瀬戸口がその後ろ姿に声をかける。
一瞬、壬生屋が振り返る。そして、何か声を発しようと口を開いた次の瞬間。
階段を踏み外した壬生屋は、豪快な音を立てて階段から転がり落ちた。
ガラガラガッシャーン、校舎中に音が響き渡る。
『ナイスだ、壬生屋』
ボケを心得ている。しかも、天然で。
今はなき、伝説のあの関西○本興業にデビューさせたい。
思わず、岩田的考えを抱いてしまって、瀬戸口はあわててその考えを取り消した。汚染されてる。
階下がざわざわと騒がしい。あれだけ派手な音を立てれば、何事かとみんな集まってくるだろう。
「だ、大丈夫です…」
「何とかならんのか、そなたのその粗忽さ加減は?」
「まあまあ、怪我がなかったんだし…」
「ホントにもう、天然記念物並な不器用さよねぇ。貴重だわ」
「…手当……しな…きゃ…」
風に乗って、とぎれとぎれに会話が聞こえてくる。
『馬鹿な子ほど可愛い』
馬鹿すぎるのも考えもんだが、瀬戸口はひとりごちた。

やがて騒々しく壬生屋が保健室にかつぎ込まれる気配がして、しばらくすると屋上は静かになった。
4月の柔らかい風が駆け抜けていく。洗濯物を揺らしながら。
落ち込んでいるのは、らしくない、と思う。
なんだかんだで、立ち止まらず、爆走している姿が好きだった。
まぁ、そのことが、はた迷惑で、心臓に悪いことこの上ない事でもあるのだが。
「くくっく」
嬉しそうに、瀬戸口が笑う。
なんて、単純。なんて、馬鹿正直。
『そんな所が可愛いんだけどね』
だが、間違っても、そんなことは絶対に教えてやらん。と、瀬戸口は心の中で呟いた。
『あいつもそうだが、俺も、まぁ、相当ひねくれてるねぇ』
瀬戸口は空を見上げて、大きくのびをした。雲一つない、どこまでも青い4月の空は、見上げていると空に向かって落ちていきそう。
こんな日は、午後の授業なんぞサボって屋上で、昼寝を決め込むに限る。
「今日もいい天気だ」
瀬戸口は寝ころび、瞼を閉じた。
戦時下の、つかの間の平和な一幕。