「舞さん」 壬生屋は舞の細い肩に手を回すと、後ろからギュッと抱きしめた。 舞の女性としての丸みに乏しいスレンダーな肉体が、壬生屋はお気に入りだ。 無駄な贅肉のない均整の取れた肢体は、どこか中性的な美しさを感じさせる。 反対に舞は、壬生屋の肉感的な身体を密かに羨ましいと思っている。 あれだけ、立派な身体をしていながら、汗くさい胴衣なんかに身を包んでいるのは正直、嫌みにさえ感じる。 一度、壬生屋に男(速水)という者は胸が大きい女の方が好みなのではないだろうかと、その密かなコンプレックスを打ち明けたなら、逆に『あああ、もう、可愛いです〜』と抱きしめられて、相談になったモノじゃなかった。 「み、壬生屋、教室でその様にじゃれつくのは止せと言っておろう」 舞は背中越しに感じる壬生屋の豊満な胸に動揺しながら、壬生屋を振り払おうともがいた。 真っ赤になって抵抗する舞が可愛くて、壬生屋はよりいっそう抱きしめる力を強めた。 「壬生屋!!」 舞の語調が厳しく、尖ったものとなる。 芝村たる者、いかなる時もその威厳を損ねるような行為を犯してはならないのだ。 昼日中。あまつさえ教室という公共の場、衆人の面前で確たる醜態を演じるわけにはいかない。 舞の気配を敏感に察した壬生屋は、つと腕の力を緩めると舞の顔をのぞき込んだ。 「一緒にお昼をご一緒しませんか。わたくし、舞さんのお弁当も作って参りました」 ニッコリと笑って壬生屋が提案する。 うっ、と言葉に詰まる舞。 壬生屋の満面の笑みを見ると、とたんに壬生屋の無礼を咎める気力が霧散してしまう。 壬生屋の笑みと、手作り弁当。 香ばしく焦げ目のついた黄金色の程良く甘い出汁巻き卵。ご丁寧に8本足のタコさんウィンナー。昆布巻きに豆の煮物。etc ごくり、舞がつばを飲み込んだ。 その誘惑にあらがいきれる者が何処にいよう。 まったく、卑怯極まりないではないか。 「そなたはずるい」 舞はそっぽを向くと小さく吐き捨てた。 「どこでお昼にしましょうか、天気もよろしいですし、やはり屋上で」 「うむ、そうだな」 二人仲良く、お昼を頂く場所を算段する。 その間、壬生屋が未だに舞に抱きついた状態であることは、なぜか舞の中で失念されている。 しっかりしているようで、どこか迂闊な芝村であった。 ガタン。 机がぶつかる音に壬生屋と舞は音の方向を辿る。 教室の入り口で瀬戸口が固まっていた。 苦虫をかみつぶしたような顔で壬生屋と舞を凝視している。 「せ、瀬戸口これは、だな」 舞が答弁のために口を開く。 が、瀬戸口は聞いちゃあいなかった。 ゆっくりとその口元が動く。 「ふ」 「ふ?」 壬生屋が続ける。 「不潔だ」 「不潔?」 「ふ〜け〜つ〜だ〜」 地の底から響いてくるような超低音。 「不潔ですか?」 瀬戸口の不快感などまるで意にも介さない壬生屋。 あくまでも涼やかな壬生屋の態度が瀬戸口を精神をさらに逆撫でする。 「壬〜生〜屋〜」 無意識に拳を握りしめる。 「私と舞さんの関係を、瀬戸口さんの低俗で下司な想像で汚さないでくださいまし」 おほほほほ、白々しく壬生屋が笑う。 ………………………… 勝負はあっけなかった。 瀬戸口が白く燃え尽きた。 「う、う」 中途半端に振り上げられたやり場のない拳が壁に叩きつけられる。 薄いプレハブ校舎の壁がビリビリとふるえ砂埃が舞い落ちる。 「う、うう、うおおおおおおおおぉぉおぉぉぉおお」 雄叫びをあげながら瀬戸口が走り去った。 走り去った瀬戸口の後ろから速水がぽややんとした笑顔で現れる。 「壬生屋さん」 にこやかに笑いながら壬生屋の名を呼ぶ。 「はい」 やはり同様に笑顔で答える壬生屋。 「程々にね」 「あら、私は本気です」 「僕も、舞を譲るつもりはないからね。壬生屋さんが男だったら今頃スカウトだね」 出る杭は打つ、邪魔者は排除する、芝村より遙かに芝村的な思想の持ち主の速水がやんわりと壬生屋を牽制する。 その程度のことをやってのけるだけの発言力と能力を速水は持っていた、実際速水はそうしようと思ったなら、何の罪悪感も感じずに笑いながら「それ」を実行できてしまう人間である。 それをしないのは、ひとえに速水が舞の意向を大切にしている所以である。 自分が芝村舞の「カダヤ」であるのと同様に、壬生屋未央は舞にとって唯一無二の親友なのである。 抱きつく、キスする、あまつさえ………………が、どこまで親友の範疇と呼んでよいものか定かではないが。 壬生屋を失えば、舞が悲しむ。結局これにつきるのである。 なんだかんだと、速水の行動基準は舞を中心としている。 そして、壬生屋も舞の庇護ゆえに、自然、速水を挑発するような態度に出ることがあった。 しかし、壬生屋も身の程をわきまえていたので速水に逆らうデメリットを熟知していた。 「殿方には、分かりませんわ」 その瞳に剣呑な光りを浮かべて壬生屋が速水に述べた。 「はあ〜」 舞がため息をつく。 壬生屋も速水もその属性は極めて近い物がある。 二人とも一途で純粋で、悲しむべきはそのベクトルの方向性だけであった。 なにゆえ、私は斯様な者にばかり慕われねばならぬのか? 表面上はあくまでもにこやかに笑いあう速水と壬生屋の間に挟まれて舞はただ一人苦悩した。 |