カンボジア圓山小学校訪問団に参加(2001年度:第5回訪問団)| 高梁・新見ロータリークラブで構成する第5回カンボジア圓山小学校訪問団の一行21名が、平成13年11月24日から5日間の日程で、現地を訪れ、支援を続けている子供たちと交流しました。 今回は新見からは、国際奉仕委員会の村上伸祐副委員長と岡山共生高校インターアクトクラブの西垣達彦会長の2名が参加。関西国際空港からバンコクを経由して、まずカンボジアのシェムリアップに入り、25日はアンコールワットを見学しました。そしてプノンペンに移動して26日、タケオ州プライカバスにあるプロイロベア高校を訪問。州知事を始め先生や生徒、村人ら多数の歓迎を受けました。西垣君も高校生同士で打ち解け、身振り手振りで会話を弾ませていました。 午後、最大の目的地である圓山小学校を訪問。久しぶりに見る里子の顔はたくましくなり、成長のようすがうかがえました。里子の一人ひとりに文房具をプレゼントしたほか、今回新見からは、市民の山口秀雄さんが寄付してくださったバレーボールネットやホワイトボードなども贈呈しました。西垣君は持参した竹トンボや折り紙を子供たちに教え、子供たちも大喜びでした。 |
高梁・新見ロータリークラブが再びカンボジアへ (訪問記)【2001年度:第4回訪問団】|
【再びカンボジアの地へ】 平成13年2月16日(金)から20日(火)までの4泊5日の日程で、高梁ロータリークラブと新見ロータリークラブ、そして民間ボランティアら総勢11人が、カンボジア・タケオ州の「円山小学校」を訪問してきました。高梁ロータリークラブのカンボジア派遣は今回が通算4回目。昨年に続いて、私(村上伸祐)と平野真実会員も新見ロータリークラブを代表して参加しましたので、今回も訪問記をご紹介します。 【参加メンバー】 今回の参加者は、高梁ロータリークラブの川崎正志さん(国際奉仕委員長)を団長に、カンボジア担当の仲田永造さん、中村莞爾さん、物部弘美さん、薬師寺穆王さん、梅田恭正さん、事務局の川上恵美子さん、ボランティアの永井伸枝さん(愛媛県)、吉備国際大学のエレノア・コーク先生(米デートンRC)、そして新見から私たち2人の総勢11人です。 16日朝、関西国際空港からバンコクを経由してその日の夕刻プノンペンに入り、翌日のタケオ州への訪問に備えて、市内のホテルにて疲れた体を休めました。 プノンペン到着で、長旅にも笑顔がこぼれる物部さん、川崎さん、川上さん(左から) 【カンボジアの発展ぶり】 1年ぶりに訪れたプノンペンの市街地は、かなり車の数が増えた印象を受けました。みんな口々に「4年前の数倍は増えたね」と話し、その証拠に朝夕は、バイクに自転車も入り乱れ、相当なラッシュでした。また、電力事情もかなり良くなったのか、街灯の数も増え、夜の町も以前に比べてかなり明るくなったと思えました。 政府も自家用車の増加の対策として、通勤などは乗り合いバスを奨励しているということで、以前にはなかった大型のバスが行き交う光景もずいぶんと見られるようになりました。 ひっきりなしに車やバイクが行き交うプノンペン市内 郊外ではバイク、馬車などに加えて大型バスも目に付く 【タケオ州プライカバスへ】 17日朝、私たち訪問団はまず、今回の目的地のひとつ、「プロイロベア高校」を訪ねました。この高校に高梁ロータリークラブと吉備国際大学が協力して集めた英語図書館を寄贈したのです。書棚2基と英語の書籍1,400冊をプレゼントしました。生徒や先生の大歓迎を受けて到着した私たちは、歓迎式典に臨み、VIP並の扱いに少し緊張しましたが、図書館のテープカットや生徒2名による英語スピーチなどで交流を深めました。 整列して迎えてくれたプロイロベア高校生 VIP並の歓迎式典であいさつする仲田さん(中央) 1,400冊の英語図書と書棚を寄贈した図書館 私たちと気さくに談笑する高校生。カンボジアの若者はとにかく明るい 【貧弱な医療態勢】 高校訪問の後は、すぐ近くにあるプレイカバス病院を訪れました。病院といっても診療器具はほとんどなく、単なる健康相談センターといった雰囲気。入院することもできるのですが、粗末なベッドが並んでいるのみで、治療もせいぜい点滴を打つことくらいだという話をドクターから聞きました。ちょうど下痢がとまらないという子供が診療を受けており、お母さんの心配そうな表情が印象的でした。 日本からもカンボジアへの医療支援が盛んに行われていますが、ここはスイスの支援でできたということ。まだまだ貧弱なこの国の医療態勢の一端を垣間見ることになりました。 子供の病気に心配そうなお母さん。「早く良くなって・・・」 【里子との再会】 いよいよ待ちに待った里子との対面です。わたしたちは午後から、訪問の一番の目的地、コックカンチャップ村にある「円山小学校」を訪問しました。 これまでの経緯と円山小学校の説明は2000年度の訪問記で詳報していますので省略しますが、今回も子供たちは総出で日の丸を振って出迎えてくれました。 私たちの再訪を拍手と日の丸の小旗を振って迎えてくれる円山小学校の子供たち 円山小学校での歓迎式典 この澄んだ目の子供たちに再び会いたくて・・・ 【抱えきれない文房具をお土産に】 今回も私たちは、たくさんのお土産を持参しました。まず、里子のみんなには一人1,000円程度の学用品。一人ひとり里子の名前を呼びながら、「しっかり勉強してね」とプレゼントを手渡しました。もちろん訪問団のメンバーは、自分の里子には自分で手渡して再会を喜び合いました。 また、メンバーの家庭で眠っていたピアニカ3台や先生方にもクレヨンやボールペンを大量に贈りました。さらに今回は、吉備国際大学のローターアクトクラブ員が学園祭バザーの収益を当てて購入したホワイトボードも寄贈しました。 一人ひとりに文房具のお土産をプレゼント 【昨年の思い出発見】 意外なものを見つけ、私たちをたいへん喜ばせてくれたものがありました。それは各教室に、昨年の訪問時に折り紙作りで交流した時の「折り鶴」を飾っていてくれたのです。天井にひもを渡して、たくさんの折り鶴がはばたいていました。 また、子供たちの成長は早いもので、私の里子も昨年よりもずいぶんと背が伸びていました。 昨年の折り鶴に、思い出がよみがえりました 私(中央)も自分の里子との再会に感激!! 【紙ヒコーキやカブト作りで交流】 プレゼントのあとは楽しく交流会。今回は紙ヒコーキとカブト作りに挑戦してもらいました。ヒコーキは簡単だったのですが、カブトには少々苦戦したようです。それでも子供たちは上手に折り上げ、男の子も女の子も、みんな頭に載せて大喜びでした。 カブト作りの先生役で奮闘の川崎さん、中村さん(右端は現地コーディネーターの三浦さん) カブトをかぶり、大喜びの子供たち。「立派に成長してね・・・」 【先生、子供たちを頼みます】 楽しかった里子との交流会も終わり、先生方と記念撮影してお別れ。私たち訪問団みんなの思いは「次に来る時まで、先生、子供たちをお願いします」。 先生方とも別れを惜しんで記念撮影。「ハイ、チーズ」 【里子の家庭を訪問】 プノンペンへ帰るまでの僅かな時間を利用して、2人の里子の家庭を訪問しました。この村ではみんながそうであるように、水道も電気もガスもありません。雨期の洪水を防ぐため、高床式の住居です。日本では考えられないような生活の営みがそこにはありました。 しかし、日本人から見ると「貧しくてかわいそう」と思いがちですが、それは日本人の勝手な思いこみ。村の人々は決して不幸だというわけではないのです。 カンボジアには、金や物がなくても自然と共に生きる生活の幸せが息づいているのです。子供たちの目の輝きと笑顔がそれを証明しているのです。 高床式の里子の家庭 平野さん(右端)の里子とお母さん 【永遠の交流へ】 カンボジア、そして円山小学校を訪問する度に私たちが感じるのは、カンボジアの人々の心の豊かさです。「物に囲まれた生活こそが豊かだ」と勘違いした現代の日本人。私たちがとっくにどこかへ置き忘れた、「人の心の温かさ」がそこにはしっかりと残っているのです。このことが、訪れる度に私たちの心の中の隅々まで、きれいに浄化されるような思いにさせてくれるのです。 今回の訪問で私たち新見ロータリ−クラブは、高梁ロータリークラブや円山さんの遺族らとともにタケオ州知事から、円山小学校の支援活動に対する感謝状をいただきました。 ![]() タケオ州知事からいただいた感謝状(日本語で印刷してある) 私たちの支援活動は、小さな小さな支援かもしれません。しかしどれだけ多くのことをカンボジアや円山小学校の子供たちが教えてくれたか、計り知れないものがあると言わざるをえません。 物や自然を大切にする心、家族を思いやる心、村人みんなで助け合う心、感謝する心。それは私たちに取って大きな教訓であり、全てが新鮮です。 再訪を誓いながら、国境を超えた平和と友好の絆で結ばれた地球市民として、円山小学校との永遠の交流を願わずにはいられません。 (おわり) |
高梁・新見ロータリークラブがカンボジアへ (訪問記)【2000年度:第3回訪問団】
|
【はじめに】 平成12年2月8日(火)から11日(金)までの3泊4日の日程で、高梁ロータリークラブと新見ロータリークラブ、そして新見市民のボランティアら総勢9人が、カンボジア・タケオ州の「円山小学校」を訪問してきました。私(村上伸祐)も新見ロータリークラブの一員として同行しましたので、訪問記をご紹介します。 【これまでの経緯】 円山小学校はカンボジアの首都プノンペンから南へ約80キロ。日本のPKO(国連平和維持活動)で知られるベトナム国境にほど近いタケオ州の農村の村、プライカバス市コックカンチャップ村にあります。平成10年2月に開校、現在約320人の子供たちが学んでおり、村で一番の立派な建物として村民に愛されています。 この学校を建設したのは昨年6月、81歳で亡くなった高梁ロータリークラブの故・円山興一さん(成羽町)です。円山さんは戦時中、陸軍航空隊員として中国や東南アジア各地を転戦。占領下のカンボジアでは悪条件の中で飛行場の建設に当たり、その時カンボジアの人たちからとても優しくしてもらったことで、戦後もずっと「何か恩返しできることを」と考えていたと言います。 平成7年、内戦の収まったカンボジアを訪れた円山さんは、プノンペンで旅行会社を営む三浦悟さん(カンボジア名=ノン・コンパール)と知り合い、学校建設の橋渡し役を依頼。三浦さんと協力し、3年がかりで校舎2棟の建設を実現させたのです。円山さんはこの学校建設に、個人で約6万ドルの私財を投入。この活動を知った高梁ロータリークラブの会員らが学校開校後、貧困な家庭の子供たちへの「里親制度」を創設するなど、支援の輪を大きく広げてきたのです。 ![]() 三浦悟さん カンボジアへは日本からの直行便はありません。このため私と同じく新見ロータリークラブの平野真実会員、そしてボランティアの計4人は8日朝、関西国際空港からタイの首都バンコクへ入り、ここで1泊。翌9日、空路カンボジア北部のシェムリアプに飛び、アンコールワット遺跡を見学したあと、再び空路国内線でプノンペンに到着しました。また、高梁ロータリークラブからは西会長をはじめ中村幹事、仲田会員ら5人が1日遅れで日本を出発。私たちとは10日の朝、プノンペンのホテルで合流しました。 今回の訪問の大きな目的は、円山さんの遺族からの寄付金で学校へ新たに建設した、運動場や遊具などの完成式典への出席です。高梁の皆さんと合流した私たちは、三浦さんの案内でマイクロバスに乗り込みホテルを出発。プノンペンから車で走ること2時間あまり、道のりのなかばから舗装道路が途切れ、田園地帯の真ん中を土ぼこりの舞う悪路が続きます。カンボジアは今が乾期で、気温は30度以上。延々と続く田んぼは刈り取り後がほとんどですが、植えられたばかりの稲も所どころに見られます。 プライカバスに近づくと更に道は狭く、でこぼこの悪路。上下に大きく揺れるのでバスもゆっくり、ゆっくりと進みます。それでも高梁の皆さんの話しでは、以前よりかなり良くなったといいます。 ![]() 村の入り口の歓迎門 村の入り口には、日本語で「円山小学校」の文字が書かれたコンクリート製の歓迎門があり、ここから約2キロ進むと学校が見えてきました。日の丸とカンボジアの国旗を振る子供たちの姿がまず目に飛び込み、そして先生や村の人たちが総出で迎えてくれているのです。子供たちに加え、大人の数もほぼ同数の印象を受けました。 ![]() 日本とカンボジアの旗を振って出迎えてくれた子供たち 到着後まず、今回校碑前に併せて建立した円山さんの胸像の入魂式です。高さ約70センチの等身大の胸像の前に並び、僧侶がお経をあげる中、私たちは線香やお花を捧げて手を合わせ、円山さんの功績を偲びました。 ![]() 完成した円山さんの胸像 続いて行われたのが運動場の完成式。約100人は入れそうな大きなテントの中に通され、発電機を使った拡声設備を用いて式典が始まりました。村長のあいさつ、校長のお礼のことば、里子の子供代表のことばが続き、高梁の西会長が「これからも交流を深めましょう」とあいさつしました。 運動場といっても日本のイメージとはかなり違います。整地はされておらず、土の塊がごろごろした広場といった雰囲気ですが、それでも50メートル四方はありそうな広さです。 運動場は4区画に区切られ、カンボジアで人気のバレーボールのネットのほか滑り台、ブランコ、シーソーなどの遊具も揃えてあり、子供たちが大喜びで楽しんでいました。 ![]() 運動場完成式典であいさつする高梁ロータリークラブの西会長 ![]() ![]() 完成した運動場と遊具の滑り台やシーソーなどで歓声をあげて遊ぶ子供たち 【村民手料理の昼食会】 運動場の完成式が終わった午後2時ごろ、ちょっと遅めの昼食会が教室のひとつを使って始まりました。料理は子供たちのお母さんらが腕を振るったカンボジアの地元料理。現地では豪華料理でめったに食べられないという「ライギョ」のフライや煮物、スープなど盛りだくさんの内容です。日本を出るとき、火を通したもの以外は食べない方がいいと教わっていたことから、「おなかは大丈夫かな」と思いつつ、恐る恐る口に運びましたが、結構おいしくて口に合うものもありました。 昼食会ではみんなワイワイ、ガヤガヤ。先生や来賓の村長、警察官らも一緒。言葉は通じなくても身振り手振りで和やかなひと時が過ごせました。 ![]() 村人手作りの料理で楽しい昼食会 食事のあとは、いよいよ「里子」の子供たちとの交流会です。高梁からは、生徒と先生全員へポロシャツのプレゼントがあり、高梁と新見の里子一人ひとりの名前を呼び上げながら、持参した文房具などを手渡しました。新見の有志の方3人から預かった手紙や写真も無事届けることができました。 また、今回新見から私たちに同行してくれた市民ボランティアの谷本美由紀さんと上仲優子さんの2人が学校の先生方に、たくさんのサインペンや折り紙を贈呈。急きょ、この折り紙を使って「折り鶴講座」を行いました。少々子供たちには難しかったようですが、三浦さんに通訳をしてもらいながら、折り方を説明。子供たちも真剣な表情で取り組み、小さな子にも「作って、作って」とせがまれて大好評でした。 ![]() ![]() 高梁が持ち込んだ全員分のポロシャツ 里子一人ひとりにプレゼント贈呈 【涙の別れ】 約3時間の滞在時間もあっという間になくなり、私たちは午後4時過ぎ、学校を後にすることになりました。里子のお母さんの中には、涙ぐんでお礼を言う人もあり、私たちも子供たちとの別れにはちょっぴり目頭が熱くなりました。 帰る途中、学校に近い一人の里子の家を訪問。この地方のほとんどがそうであるように、高床式の住居に、家族みんなが一部屋で暮らし、ガスも水道も電気もない生活を営んでいる家庭でした。水は雨水を貯めて飲用にも使っているそうです。しかし学校でも家でも、子供たちの表情は明るく、目が輝いています。たとえ家は粗末で貧しくても、そこには家族の温もりがあり、有り余る物質文明に浸る豊かな国「日本」が忘れかけている人と物を大切にする心が息づいているように思えました。 【終わりに】 私たちはスケジュールの都合で、わずか1日だけ本当に駆け足で円山小学校を訪問、翌日には帰国した訳ですが、里子と会えたうれしさや村を挙げての歓迎に感激しただけでなく、日本社会がなくした何か「大切なもの」を見たような気がしました。大量消費文化の中で、何でも手に入る日本社会。先進国と呼ばれ、自ら侵略した東南アジアを蔑視する、おごり高ぶった大人とぜいたくざんまいの中で育ち、勉強に追われて思いやりの心が育たない今の日本の子供たち。カンボジアの子供たちの生き生きとした表情を見た私たちにとって、心が洗われたように感じたのは事実です。 里親制度を通して、金品を贈るだけの支援活動にはおのずから限界があるでしょうが、円山小学校の子供たちとの交流は末長く続けていく意義があると感じました。ロータリアンとして、21世紀に向かって支援のあり方も考えながら、この交流の輪が大きく広く、そしていつまでも続くことを願いつつ、また今回の訪問の旅に誘っていただいた高梁ロータリークラブの皆さんへの感謝を申し上げて、この訪問記のまとめといたします。 おわり |