第76番 鶏足山 金倉寺(こんぞうじ) 宝幢院


所在地 〒765-0031 香川県善通寺市金蔵寺町1160
電 話 0877-62-0845  宿坊 なし  遍路用品 一式あり
開 基 和気道善  宗派 天台宗寺門派
ご本尊 薬師如来
ご真言 おん、ころころ、せんだり、まとうぎ、そわか
ご詠歌 まことにも神仏僧をひらくれば、真言加持の不思議なりけり


 宝亀5年(774)に弘法大師の甥の智証大師の祖父である長者和気道善により開基されて道善寺と呼ばれていた。
 智証大師の誕生地である。15歳で比叡山に上り、33歳で延暦寺真言の学頭になり、40歳で唐に渡り、5年間天台密教を学んで帰国した。
 延暦寺五代座主となり、天台寺門宗の開祖となり三井園城寺を賜った。

広い境内 本堂 左の笠の人が数珠玉
を引いて回している

 唐から帰った弘法大師が、先祖の菩提の為に伽藍を建立し、本尊の薬師如来を刻み安置した。
 醍醐天皇の勅令により延長6年(928)に金倉寺に改められた。

 
薬師如来がびっしり 大師堂 大師堂額

 広大な寺領や132坊、数十の神仏閣などは、建武の争乱やさらに永正、天文などの兵火で焼失した。
 その為、境内の一隅に小庵を建てて本尊を安置し、法灯を守り続けた。
 寛永年間の末期に讃岐の太守松平頼重公によって再興された。

 
不動明王像 乃木将軍の妻返しの松

 乃木将軍が明治31年(1898)から約3年間寺に仮住まいをしていた時、面会にきた妻静子に会わずに追い返し、途方にくれた妻が佇んでいたという「妻返しの松」もある。

訶利帝堂と子育地蔵 入山大師像(智証大師) 一願一杓地蔵
 
 訶利帝母尊(鬼子母神)が日本で初めて出現した寺といわれている。
 智証大師が5歳の頃、訶利帝母尊が現れ、「入道するなら、私が貴方を守護しましょう」と告げられた。
 智証大師は、讃岐の五太師の一人で、他に弘法、佐伯氏出身の道興、空海の俗弟子法光、修験の理源がいる。

仁王門遠景 天満宮と牛 観音堂

 寺宝には金胎両部曼荼羅大般若経、十六善神像、絹本着色智証大師御自像がある。 
 四国八十八ヶ所お砂踏み道場がある。時間があれば覗いてみたい。

鐘楼 一太郎親子松 四国八十八ヶ所
お砂踏み道場