鑑定実話 6 離婚調停と事業再興と生活苦からの脱出

 
 F子さんが初めて来館されたのは、平成12年の8月後半でした。非常に頭の回転がよく、美人でしっかりされている印象をうけました。
 
 平成11年の10月に離婚の話が出ていましたが、夫の事業の多額の借入金や保証人になっている関係からなかなか思うように離婚してもらえません。

 順調だった自分が経営していたお店も、名義が夫になっていたため勝手に処分され、突然次の日にいったら商品が引き払われ、やむなく年末にお店を閉めることになりました。
 今までの家族の生活費や、子供二人を大学卒業までの学費をかせぎだした、手塩にかけたお店を手放す事は、非常に無念であったろうと思います。
 
 たちまち、お店をやっていた時の運転資金の借入金の返済と生活費を何とかしなければなりません。
 50歳の中ごろで、特別な資格も持っていませんし、この不景気なご時世では、やりたい仕事を選べませんし、お金になる仕事を見つけられませんので、宅配便の荷物の仕分けをして、頑張っていましたが6万ほどにしかならず、体力的にも経済的にも苦しく、いつまでも続けるわけにいきません。
 
 ある鑑定士に占ってもらって南西に引越ししていますが、平成11年は南西に七赤金星がまわり、11月には五黄土星がまわっているため、F子さんにとってはその方位へ行くと、金銭問題と人間関係と健康問題に支障が起こる方位です。

 相談の内容は、離婚をなんとか早く成立させたい事と今後どのような生き方をしたらいいかです。
 離婚問題は弁護士を立てているもののこじれた状態で、おそらく保証人になっている関係から、最低一千万円位は支払わなければ別れてもらえそうにないような話になっているようです。
 
 対処法として、調停の日を出来るだけ自分に有利な日を使うことと、落ち込んでしまった自分の運を強めるために、吉方位を選んで行動を起こすことです。

 仕事に関しては、長年やってきた自分を活かせる業種で、今までにせっかくつかんだお得意さんを大切にしていったほうがよいので、どういう形でも良いから、その方面で再開することを強くすすめました。F子さんにとって、平成12年が人生のチャレンジの最後の年にあたっています。

 仕事の再開には二つの道がありました。一つは行商(品物を持って売り歩く)ことと、自分に店舗を持つ資金がないので、今までの経験を活かして、他の経営者に雇ってもらって、店長として働く方法です。方位を使うという面では、後者の方がだんぜんに有利です。
 
 さっそく行動に移り、今まで関係のあった業者の経営者に次々あたった所、東方面の経営者が話しにのってくれ、9月末に、とにかくF子さんにとって運勢をたてなおす方位の北東を選びお店を構えることができました。F子さんの今までの人徳で、お得意さんであり、また友人の持ちビルでしたから、F子さんが経営するなら家賃は出世払いでもいいと言ってくれるような家主さんでした。
 
 ただ、条件がそろっていず、9月の北東には一白水星がまわっており、F子さんにとってはよくない星がまわっていますし、年でも経営者がいる東に六白金星がまわっているし、経営者との相性も今ひとつですので、この経営者とうまくやれるかどうか、不安はありました。初めのうちは、月の星が動くので辛抱しなければならないことがたくさんあるとおもうけれど、次第に年の運気に移行してだんだんよくなりますよと励ましました。
 
 方位を使ってお店を持ってから約一ヵ月後、今まで一年間こじれ続け、相当な手切れ金がいると思っていた離婚問題が急進展し、手切れ金を一円も払うことなく夫が離婚届に判を押してくれ、正式にきれいに離婚することが出来ました。何かあまりにもあっけない結末で、まるできつねにつままれた様だといっていました。
 
 お店の方は、F子さんのやりかたと、経営者の思惑のズレがあり、自分の扱いたい商品が少なかったり、実質は売れ残った在庫品がまわされたり、何かと意見の食い違いや行き違いがあり、F子さんにとってきつく辛抱な日が続きます。F子さんはいろいろ考えて、この経営者ととことんまで話し合いをもつことにし、お互いの協力できる点や妥協点、今後のお店の将来のビジョンについて話し合った結果、このままではお互いに協力し合えないということで意見が一致し、経営者の経済的な事情もあり12月末でお店を閉めることになりました。
 
 しかし、ここからがF子さんの本領が出たところです。普通の人でしたらここでくじける場合がほとんどですが、F子さんは私の鑑定を信じて、とにかく平成13年の節分までに自分の生きかたを確立しようと、以前にもまして、前のお店の繋がりのある問屋さんを片っ端からあたり、自分が扱いたい商品がたくさんある問屋さんにかけあい、その問屋さんの直営店としてやりたいと交渉し、F子さんの今までの実績が認められ、契約ができ、店長としての地位と収入が確保できました。
 
 新しいお店(お店の場所は今までの引き続きで名前が変わっただけですので、固定客をにがすことなく)のオープンは2月1日で、私が鑑定で期限をつけた2月4日のわずか3日まえの劇的な、まさに野球でいえば逆転サヨナラホームランの形になりました。

 この結果は、F子さんの私のアドバイスを素直に聞く心と、どんな状況に置かれても未来に向かって希望をもち、決してあきらめずに信念を持ち続けて行動したF子さんの努力の勝利です。

 今まで来館するたびに、誰にも相談できないし、聞いてもらえないことを一気に話しては、胸につかえていたものを全部はきだされるため、毎回感極まって泣かれていましたが、全てを手にした今では順調にいっている報告を笑顔で語ってくれます。

 努力の人、F子さんにエールをおくります。あまり無理をせず、自分らしく生きてください。ますますの活躍をいのります。



 もう一つだけ解決せず気になっていた住居の問題ですが、14年まで運勢的な弱さもあり、悪い方位ばかりの話しかなく、体調も思わしくなかったので、とにかく動かないように指導していました。

 15年の節分あけから運勢が上昇し、地図で線を引いて決めていた吉方の県営住宅に入居が決まりました。
 この方位は、F子さんにとって、願ってもない健康を取り戻せる方位です。

 やっと一通りのめどがたち、私としても一安心というところです。
 (平成15年10月)

 
 16年2月24日に電話があり、立ち寄られました。

 お店の開店3周年記念セールが大成功に終り、感謝の気持ですといって黄色のチューリップを持ってこられました。

 「今月はお給料が50万はいただけるのよ」と、とてもうれしそうに話され、借金の方も5月で完済するようです。

 また、県営住宅もいい部屋で、住み心地よく、「今まで保証人問題で迷惑をかけて絶縁状態だった両親や親族、助けてもらった友人を家に招待し、今の幸せを皆にみてもらっているのよ。」と本当にうれしそうに話して帰られました。